然る放浪者の夜話 #2 貧困(4)
はじめての悪霊祓い
「うぅ・・・どうせ無駄だ・・・。」
「悪霊を倒して・・・そのあとどうすればいい・・・。」
“貧困”の咆哮を聞いた町人たちが次々と力なく崩れ落ちる。
「そんな・・・一声でひっくり返された・・・!」
つい数秒前の優勢から一転して膝をつくロナ。
その様を見下ろして“貧困”が言葉を投げる。
「牛など・・・お前たちには不相応だな。儂がもらってやろう。」
「無気力な貧者に逆転の目などない。金も食糧も土地も全て失い、砂地に描かれた絵の如く何も残さず消えるがよい。」
昏い瞳が、地鳴りのような声が、芯の底から滲み出る気配が、老人の形をしたソレに関わっていけないと本能に訴えかけてくる。
この震えには覚えがある。
幼少期の記憶が過りロナは固まった。
“貧困”がゆっくりとロナに近づいたときだった、町人と同じく無気力になった牛が“貧困”の尻尾の上にへたり込んだ。
思わず“貧困”は後ろへ大きく仰反る。
「こっ・・・この牛め!無気力になってへたり込んだか!どけ・・・」
牛と引き合いをしている“貧困”の頭に洋燈が飛んでくる。
瞬く間に“貧困”の体を悪霊祓いの火が覆い尽くした。
「!?」
目の前で起きた予想外の出来事をロナは見逃していなかった。
最後の気力を振り絞った一投は再び立場を逆転させた。
「あんたが・・・言ったのよ・・・。」
「貧困に陥った者は・・・尻に火がついても・・・動かないんでしょ・・・!」
炭になった“貧困”の体がボソボソと音を立てながら崩れていく。
最初こそ戸惑い、窮地を脱そうとしていた“貧困”だったが、やがて抵抗をやめて淡々と最後の言葉を吐いた。
「・・・まぁよい・・・あるべき場所へ戻ろう」
「儂は常にお前たちの側にいる・・・むしろ今まで以上に・・・」
悪霊祓いの夜が明けた。
昨日までの陰鬱とした空気が嘘のように町は活気に包まれている。
わずかではあるがルビー鉱山に道具を運び込む人たちもいる。
そんな様子を遠目に見ているロナがつぶやく。
「タフねぇ。私はトラウマが蘇っちゃって・・・しばらく静かに過ごしたいわ。」
ロナが惚けていると町長が駆け寄ってきた。
「ロナさん!いやぁ何とお礼を言ったら良いものか!」
「いいのよ。私もお金のためにやったんだから・・・。」
ロナの言葉を聞いた町長はバツの悪そうな表情を浮かべる。
「・・・その・・・言い辛いんですが・・・悪霊のせいで町に殆ど蓄えが残っておらず、十分な謝礼をお支払いできない状況でして・・・。」
言い終わるが早いか、崩れ落ちるロナ。
「ぬ・・・ぬかったわ・・・。そうよね・・・貧困に取り憑かれたんだもんね・・・。」
慌ててフォローする町長。
「もちろん町が再び潤ったら改めてお礼させていただきます!」
「ただ、どうしても今すぐお金が入り用ということであれば・・・・」
次のお話
前のお話
全話一覧
然る放浪者の夜話 #2 貧困(3)
Web漫画「然る放浪者の夜話」の第2話パート3です。
前回からまた間が空いてしまいました・・・。
猛省。
貧困を捕らえろ!
「よく無気力な町人どもを焚きつけたな。驚いたぞ。」
今にも襲い掛からんとする町人に取り囲まれた悪霊“貧困”であったが、特に狼狽る様子もない。
ロナは白い火影が揺らめく小さな洋燈を掲げて町人たちを先導する。
「悪霊は清めた火で焼き祓わない限り何度でも復活するわ。」
「何回も使える秘術じゃないから外さないように悪霊を抑えて頂戴。」
町人たちは一斉に“貧困”へ襲いかかる。
「悪霊にこんなものが通じるのか」と町人たちは半信半疑だったが、振り下ろした角材が“貧困”の頭部を激しく打ち付けると一気に弾みがついた。
「!!」
「・・・素早いが力は弱いぞ!全員でかかれば捕まえられる!」
ほどなくして“貧困”はあっけなく捕らえられてしまった。
ロナは“貧困”に近づき悪霊祓いの支度を始める。
「悪霊だものね・世辞の言葉は聞かないわよ。」
押さえつけられた“貧困”は相変わらず落ち着いた様子でロナを見上げて口を開いた。
「そうして火を抱えて人を率いる姿はアフラを彷彿とさせる。」
「・・・だがアフラほどの器ではない。」
言い終わるや否や、“貧困”はけたたましい叫び声を上げた。
次のお話
前のお話
全話一覧
然る放浪者の夜話 #2 貧困(2)
Web漫画「然る放浪者の夜話」の第2話(パート2)です。
ちょこちょこ忘年会が入ってて生活リズムが崩れがちです。
夜の飲み会じゃなくて昼の芋煮会とかで忘年会してくれたら、もう少しヘルシーな年末を過ごせると思うんだけどなぁ。
気力が底を尽きる前に
「助けてくれる気持ちは嬉しいけど手遅れだ・・・。」
「豆齧って飢えを紛らわすくらいドン底に落ちてるんだ。」
「何やったって元には戻れねぇよ・・・。」
集まった町人たちは力ない声でポツリポツリと諦めを口にした。
『貧困の核心は無気力』
まさしく、悪霊の言葉は核心をついていた。
無気力な町人には貧困から抜け出そうという発想すらない。
ただ、沼の底に沈むのを身動ぎもせず待つだけなのだ。
ロナは町人が溢した豆を拾い上げて言った。
「見てなさい。豆で世界は変えられることを教えてあげる。」
さて、町外れでは痩せた牛が放牧されていた。
居眠りする牛飼いに気づかれぬよう牛に近づくとロナは素っ頓狂な声を上げた。
「んああああぁぁぁぁぁっ!!」
「何だ?どうしたっ!」
飛び起きる牛飼いにロナが掴みかかる。
「私がここに置いた豆を牛が食べたのよ!どうしてくれンの!」
見やると牛が貧相な豆を貪っていた。
「えぇ?何でこんな所に豆を・・・?」
牛飼いは突然の言いがかりに混乱しつつ、詫びて弁償を申し出るがロナの勢いは止まらない。
「商人の父が辺境から持ち帰った希少豆なのよ!安物に替えられたんじゃ堪らないわ!」
「今すぐ牛から私の豆を取り出してよ!できないなら・・・」
一部始終を物陰から見守るのは、先ほどの無気力な町人たちである。
やがて満面の笑みで戻ってきたロナ。
その手には牛の手綱が握られていた。
「えぇ・・・?豆粒を牛で弁償させたのか・・・?」
ヤクザ者の如き横暴に悪びれもせずロナは町人に発破をかける。
「やろうと思えば人間、どんな状況からでも立ち上がれるわ。」
「でも、ぼやぼやしないでよ。無気力に沈み込むほど立ち上がる地点は低くなるわ。今この瞬間よりもやり直しに最高のタイミングは後にないのよ。」
わずかな沈黙の後、町人から初めて熱のある言葉が漏れ始めた。
「・・・もう空腹で眠れない夜はたくさんだ」
「悪霊といえど相手は一人なんだ・・・」
「活気のあったルビー鉱山を取り戻すんだ・・・!」
湧き上がる町人たち。
さぁ、沼の底へ沈みきる前に立ち上がるのだ!
悪霊・貧困がその様子を遠くの屋根から伺っていた。
次のお話
前のお話